夢を現実にするために。

世田谷・目黒・渋谷で不動産投資を始めたいという方に、夢を現実にする第一歩として、役立つ情報をまとめたコラムをご用意しました。不動産投資の知識をしっかりと身に付けることで、失敗しないための工夫はいくらでも出来ます。日々変化する投資市場に対応するために、最適な資産運用の方法を常に追い続けましょう。


第1回-原点は「誰かに必要とされたい気持ち」-

フェイスネットワーク代表の蜂谷二郎が「豊かな人生とは」を切り口に、働き方やお金との付き合い方など幅広いテーマでざっくばらんに話をするラジオ番組「THE STYLE~人生を豊かにする社長のアイディア~」がラジオNIKKEIで始まった。


東京・城南3区(世田谷・目黒・渋谷区)でこれまで約200棟以上のRCマンションを開発する不動産投資事業を2001年から展開し、2018年には東証マザーズへ上場をはたす。個々のニーズを汲んだユニークなマンションを企画するのが得意。約150人の社員を陣頭指揮しながら、あらゆる生き方を日々模索する蜂谷は、「豊かな人生」をどう定義づけるのか。ラジオ番組1回目では、パーソナリティで経済事情に明るい内田まさみ氏が、蜂谷の経歴と価値観に触れていた。

蜂谷に「豊かな人生とは」を尋ねる前に、まずは経歴と人柄に触れておく必要があるだろう。パーソナリティの内田氏がいくつか質問を浴びせると、出てきたキーワードは、「根拠なき自信」と「チャレンジ精神」の二つ。蜂谷の過去を学生時代までさかのぼって、順に紹介していきたい。

バンドに明け暮れた学生時代

「これまでどんなことをしてきましたか?」と内田氏の素朴な質問に対し、蜂谷の口からパッと出てきたのが「バンド活動に明け暮れた学生時代」の話だった。

「中学時代からバンドに没頭していました。楽器はドラムです。27歳まで続けていたので、延べ15年ほどでしょうか。どのくらい没頭していたかというと、高校受験のとき、バンドのメンバーが一緒に行ける高校を選択するほど、打ち込んでいました。そういう意味では、音楽とともに過ごした学生時代と言えるかもしれません。もちろん、高校入学後もバンド一筋を貫いています」

ジャンルは「ロック」だという。「当時、ロックが全盛だったのです。想像できないかもしれませんが、学生時代はずっとロン毛でした(笑)。バッサリ切ったのは、高校3年の就活のときです」

経営者たる蜂谷のイメージからは、一見かけ離れたエピソードかもしれない。だがバンド活動に没頭したということは、チャレンジ精神をもって何か一つのことに夢中になったことだ。実は、この価値観とモチベーションこそが、蜂谷を突き動かす原動力となり、後のサラリーマン生活でいかんなく発揮されることになる。

ひたすら走り続けた信用金庫時代

バンド活動の次に没頭したのが、信用金庫での営業だ。蜂谷は「バンドも一つのチャレンジですが、最も印象深いチャレンジが、高校卒業後に就職した信用金庫での営業経験」と語った。18歳で就職して、20歳で営業部門へ異動したときに、1カ月に500社も顧客先を回った。そこで、自分自身取り組んだことのない仕事に正面から向き合い続けてきたという。

そのチャレンジ精神を支えたのが、蜂谷の「根拠なき自信」である。出来る仕事を少しでも増やそうと、未経験の業務に向き合い続けるのに、根拠なき自信は大いに役立った。

蜂谷は、信用金庫の新人営業マンだった時代を、下記のように述懐した。

「信用金庫の営業では、お金を借りてくれる会社の開拓をしました。会社を訪問すると、50歳の社長や55歳の経理部長などと一回りも二回りも年上の方とお話しをするわけです。当時20歳ほどの私は、開拓するときに『誰に何を話せばいいかわからない』と感じたものですが、そのときに自信を持って向き合わないと、チャンスが下りてこないと思って、少しの勇気をもって常に一歩でも半歩でも前進しようとひたすら努力しました」

「信用金庫で営業していると、融資とは関係ない仕事を顧客から頼まれることが多々あります。そこで重要なのは、やったことのない仕事でも、頼まれたことは何でも『任せてください』と引き受けてしまうことです。これこそ『チャレンジ』で、自分が成長するよいきっかけになりますが、やったことのない仕事を引き受けるには、『根拠のない自信』を持つことが、何より大切と思います」

「何でも引き受ける」ことは、新卒の社員には勇気が必要。でもチャレンジしないことには、何事も前進しないのだ。

核は「必要とされたい」という欲求

チャレンジ精神と根拠なき自信こそが、道を切り開いた重点となったことはわかった。ここで一つ浮かんでくる疑問が「なぜそこまでして、頑張るのか」だろう。パーソナリティの内田氏も「無理にチャレンジしなくても、人生は歩めると思います。でも蜂谷社長のいう『チャレンジすること』には、どういう特別な意味があるのでしょうか」と話を掘り下げている。

そんな素朴な疑問に、蜂谷は本心を明かした。

「貪欲にチャレンジを重ねてこられたのは、私自身『人から必要とされたい』という欲が強かったのかもしれないですね」

では、なぜ「人から必要とされたい」という欲が強かったのかだが、「高卒で社会人になったことで、常に社会に対して劣等感を持っていたのかもしれません」と、根底にあったコンプレックスを語った。

そこで「色々な人から必要とされる存在になりたい」と考えたときに、社会のあらゆることに詳しくなれば、いずれ誰かの役に立てるようになれると信じた。この強い気持ちが下地になり、信用金庫で様々な仕事に手をつける癖を身に付けた。

蜂谷の価値観を構成する「チャレンジ精神」「根拠なき自信」というキーワードは、そんな欲求に力強く支えられていたと解釈できる。

そのため蜂谷にとっての「仕事」は、まさに人生そのものである。

その証拠に、内田氏が「いつもお忙しそうですが、休日はきちんと取っていますか」と聞くと、「平日と休日を切り分ける考え方をしないタイプなので、難しい質問です」と返答していた。社会人になった18歳からそれは同じで、平日の9時~18時まで働くという勤務時間の区別もないという。社会人になって30年近くたつが、今でも意識は常に「オン」のまま。蜂谷の原動力は、まるで底なしだ。

蜂谷は「必要としてくれる人がいるからこそ頑張れるのです」と語った。

尊敬している人は「父親」

最後の質問は「尊敬している人について」。蜂谷は、「それは父親ですね」と即答していた。

父親から教わったことは、現職にも生かされている。それが「GIVE&GIVEN」の精神だ。詳細について、蜂谷は次のように述べた。

「裕福な家庭ではありませんでしたが、父はとにかく愛情を注いでくれる『GIVE&GIVEN』の精神を強く持っている人でした。普通なら、人は本能的に『GIVE&TAKE』の価値観を少なからず持ち、何かしらの見返りを期待してしまうものだと思います。でも父親は、とにかく与え続けてくれた人でした。そんな人に自分もなりたいと考えています」

父親とのエピソードに内田氏は「蜂谷社長は、お会いすると必ず、『お客様のために』という気持ちがいつも表れているように感じます」と返答した。

驚いたのが、信用金庫を飛び出して起業し経済的成功をおさめた現在も、蜂谷は「父親を越えられた、という感覚はない」と認識しているとのことだった。なぜなら、「GIVE&GIVE」の精神は、蜂谷にとって常に大切にしておきたい一つの価値観であり、その価値観を追求するからこそ、楽しく生きていられるという部分もあるという。

父親の背中を追い続けることは、単に「経済的成功」や「社会的成功」に求めることではない。父親から感銘を受けた価値観を、いつまでも胸に秘めて追い続けることを意味しているのだろう。

記念すべきラジオ番組の一回目はここまで。蜂谷の「誰かに必要とされたい」という社会的欲求は、決して特別なものではない。“社会的動物”たる人間なら誰もが本能的に抱えているものだからだ。バンド生活に明け暮れた中高時代、ひたすら走り続けた信金時代、そして「GIVE&GIVEN」を秘めて父親を追い続ける姿勢は、よい意味の「減私奉公」であり、一貫している。この原動力は、「豊かな人生」を叶えるうえで大事なヒントになるに違いない。

「THE STYLE~人生を豊かにする社長のアイディア~」番組ホームページ